女の子に性欲?
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このテーマに関する反応は、大きく二つに分かれるでしょう。
1つは、何をいまさらそんなことを、という反応。
そうです。
女の子に性欲はあります。
当たり前です。
でも、もう1つの反応をする人がいて、そういう人は、結論を先にいってしまうと、そもそも「性欲」というものに悪い感情を抱いている人です。
あるかないか、ではなく、はじめから認めたくない人たちです。
まして、自分自身に「性欲」があるだなんて、汚らわしいとさえ考えるのです。
きっと、深い原因があるのだと思います。
とても信頼している男性教師が、ある時、たまたま教室で二人きりになり、話をしているうちに、それまで一度も見せたことのない、ある種の異様な目(要するに、イヤラシイ目)でこちらを見つめている・・・・・・・
こういった経験は、10代の感じやすい時期には、たいへんなショックだと思います。
実際、こういう教師は罪な教師です。
もしも本心からこの女生徒に関心があるのなら、もっと別のやり方でアプローチすべきなのです。
それはともかく、若い頃に、「性欲」というものがむき出しになって現れる場面に遭遇することは、ある種の不幸です。
トラウマになります。
けれども、どうか、トラウマを克服して欲しい。
教室でイヤラシイ目をした教師は、確かに、やり方は非難すべきだけれど、女生徒に性的な関心を抱くこと自体、なんら不潔でも不健康なことでもありません。
もしも、教師のやり方を非難するだけでなく、そういう欲望を抱くことそのものを非難する人がいるとしたら、それは行き過ぎというものです。
二人きりの教室で無遠慮な視線を向けたこの教師は、×です。
当然です。
でも、だからといって、全人格的にこの教師を攻撃していると、そのうちに、その攻撃の矢は自分自身に跳ね返ってくるのです。
跳ね返る、というのは、物理的にではなく、もちろん、心理的に。
というのも、人が異性に魅力を感じる、その一番根底にあるのは、ほの暗い、淫靡な、後ろめたいような感情であるからです。
これを徹底的に非難してしまうと、今度は、自分自身のそうしたほの暗い感情を認められなくなってしまうのです。
自分で自分の「性欲」に蓋をしてしまうのです。
それが怖いのです。
なにも、スケベな教師を弁護しているのではないのです。
そういうわけで、この教師を全面的に非難する気持ちが消えないうちは、あなたはトラウマから解放されません。
あなたが、もしも、上の女生徒のような経験を持っている人であるなら、時間をかけて心のしこりを溶かしていってください。 |